法律解説Q&A |遺産分割協議の詐害行為取消

質問 私は事業をしていますが、銀行やクレジット会社などから多額の借金を抱えています。先月、父が亡くなったのですが、きょうだいとの遺産分割協議では何ももらわない予定です。私の債権者はこの遺産分割に何か言ってくるでしょうか。

回答 その遺産分割案ではあなたの債権者が詐害行為取消(民法424条1項)を主張してくる可能性があります。相続放棄が可能な期間ですので、相続放棄をした方が良いです。あなた(相続人)の債権者は相続放棄を取り消せないとするのが多数説で、判例もそのように理解されています。


  1. 遺産分割協議の詐害行為取消
    最高裁判例は相続人の債権者が遺産分割を詐害行為として取り消すことを認めています(最高裁平成11年6月11日判決)。学説の多くはこの結論を肯定しています。従って、遺産分割において相続人の債権者を害する遺産分割をすれば、相続人の債権者は詐害行為(債権者を害する行為)として取消を主張することができます。
    なお、相続放棄は詐害行為取消の対象とはならないとする最高裁判決があります(最高裁昭和49年9月20日判決)。従って、遺産分割で「取り分なし」とするならば、相続放棄をした方が良いです。
  2. 相続放棄は取り消せないのに…
    上記の考えに対しては、「取り分なし」の遺産分割を取り消せるとしても、相続放棄が取り消せないのでは遺産分割を取り消せるとした意味がないのではないか、との疑問は当然に生じます。
    相続人の債権者は相続人に対して、「相続放棄するのを忘れて、遺産分割に持ち込んで欲しい」との条件付き期待を有していて、それを保護するべきというのも変な話です。そもそも相続が開始して債務者たる相続人が遺産を得られることになったのも偶然が関与する出来事です。むしろ、相続に関する行為は人間の感情面も関わるものなので遺産分割を取り消せるとしたことは誤りではないかとも言えそうです。

    これに対しては、平成11年の最高裁判決を支持する立場は、相続放棄の熟慮期間(3か月)に相続放棄をせずに、相続財産を相続して遺産共有という新たな法的地位となったのであるから、扱いが異なるのは当然であるとします。最高裁平成11年判決の原審(高裁判決)もそのような理屈を述べています。

    つまり、相続放棄をすれば最初から相続人ではなかったことになるのに対して、いったん相続をすれば相続財産の共有者となります。この法的地位は債権者に対して「この相続人は法的相続分に従った財産を取得するであろう」という期待を抱かせるので、その期待に反する行為をすれば詐害行為として取り消せるという理屈です。
    最高裁判決は相続放棄を、被相続人の借金を相続しないための手段としてだけではなく、相続人の借金を遺産分割に持ち込まないという大きな効果を持つものとして、相続放棄を分岐点として法律構成していると言えます。
  3. 相続放棄の詐害行為取消について
    以上の多数説の理解から考えると、質問の場合には相続放棄で対処するのが適切な対応であると言えます。
    但し、相続放棄を詐害行為として取り消せないとした昭和49年の最高裁判決の事例は、被相続人(亡くなった人)の債権者が相続人に対して、「相続放棄をするな、借金を相続しろ」と主張した事案であって、相続人の債権者が「相続放棄するな、財産を相続しろ」と主張した事案ではないという問題があります。従って、今後相続人の債権者が相続放棄の取消しを主張してそれを認める最高裁判決が出る可能性もわずかにあります。平成11年の最高裁判決は、遺産の共有について述べているものの、原審(高裁)が述べた「相続放棄しなかったから遺産共有になった」(相続放棄をすれば取り消せなかった)との理屈を使っていないので、その可能性を少し残している感じもします(最高裁判決の変更は容易には認められませんが)。
  4. 取消しができる場合の問題
    それでは、相続人の債権者が遺産分割を詐害行為として取消した場合、その後の手続きはどうなるのでしょうか。遺産分割を取り消してやり直す場合に、債権者はどのように口出しするのかという問題です。
    取り消した債権者は、遺産分割をやり直そうにも他の相続人が話し合いに応じなければ遺産分割の調停を申し立てるほかないのですが、その法的根拠はありません。民法改正でも債権者代位権の転用として債権者が遺産分割調停の申立を認める条文は作られませんでした。
    (その法的根拠は不明ですが)仮に債権者が遺産分割調停を申し立てることができるとしたときは、債権者である銀行、クレジット会社、消費者金融の従業員等がその調停に参加して話し合うのでしょうか。債権者は何名でも参加できるのでしょうか。家庭裁判所に銀行やサラ金等の従業員が来て他の相続人達に混ざって遺産分割の話合いをするというのは、シュールな光景であると思います。

    例えば遺産分割の結果、債権者が被相続人宅(実家)の土地・建物の持ち分の3分の1を取得したとして、債権者はそれをどうやって現金化するのでしょうか。持ち分だけを他人に売却することは一般的には不可能です。他の共有者が買取りに応じなければ、他の共有者に強制的に売り付けることはできません。例え売れたとしても時価よりも大幅に安く買い叩かれるのが実情でしょう。
    民法260条は債権者が共有物分割に参加できるとしているので、これを根拠に共有物分割を申し出て土地の分割をしたときには、分割すると売れない場合や建物の敷地の場合などは売却は難しそうです。建物の場合も他の共有者に買取りを強制することは困難です。
    そこで債権者は預貯金などを入手しようとするのですが、最高裁平成28年12月19日判決は、預貯金は遺産分割の対象となるとして、相続分の預貯金を分離して引き出すことを否定しています。
    結局のところ、債権者が取り消した後の手続きは何も法律で定められておらず、民法改正もこの問題に手を付けていません。この点から、私は遺産分割を詐害行為として取り消せるとした最高裁判決は現状では絵に描いた餅のようなものであり、変更される可能性もあると思います。その方が相続放棄を取り消せないこととも整合します。


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