法律解説Q&A |遺産分割協議での約束の不履行による解除

質問 父の遺産分割協議において、兄が母の老後の世話をする約束で兄の取り分を大幅に多くしました。遺産分割協議書にもその約束を記載しました。しかし、兄は約束を破って母の世話をしなくなり、虐待もあったので母は現在私の家に引き取って私が世話をしています。兄の約束違反を理由に遺産分割を解除できないでしょうか。

回答 解除できません。遺産分割の債務不履行解除の可否と言われる問題です。これを認めると遺産分割時の約束により遺産分割の効力が不安定になる等の理由で最高裁は否定していて、地裁・高裁もこれに従っているので、訴訟で争っても解除できる可能性はかなり小さいです。


  1. 遺産分割協議の債務不履行解除
    上記と類似の事件で、最高裁平成元年2月9日判決は、遺産分割協議の債務不履行解除を否定しました。この判例はかなり有名で様々な判例集に掲載されていてその後の地裁・高裁もこれに従っている状態です。学説には債務不履行解除を認める説もありますが、最高裁判例が変更される可能性はかなり小さいと言えます。
    最高裁が解除を否定した理由は、①遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了するので、争う余地がない、②遡及効のある遺産分割をやり直すことは法的安定性を害する、という点にあります。
    上記①の点は、遺産分割協議は遺産を分ける内容を話し合うものであって、分け方が決まればそれで終了するから、債務不履行の対象がないという意味に理解できます。たしかに、「この遺産はA、この遺産はB…」という感じで協議が成立すればそれで遺産分割が終わると考えれば、遺産の対象でない母親の世話の件は別問題と言えます。
    上記②の点は、遺産分割により相続人が取得した不動産をその人から購入した人の保護はどうなるのかという問題があります。原則として第三者には主張できないとしても、債務不履行の原因事実を知っていた人には解除を主張できるとすると、ややこしい問題になります。解除の原因となりうる約束をどの範囲のものに限定するのかという問題もあります。そこで、「解除の原因となった話し合いに参加していたなら、そういう問題が生じないようによく話し合って決めなさい」という考えの方が妥当であると思います。
  2. 遺産分割を解除できないことへの対策
    では質問の事例ではどうすれば良かったのでしょうか。まず、遺産分割協議はいったん成立したら債務不履行解除できず、分割時の約束は法的効果がないことを理解する必要があります。つまり、分割時に「俺が親の面倒をちゃんと見る」と大見栄を切った長男の言葉を信用し過ぎてはいけません。
    被相続人(亡くなった人)が生前にできることとしては、遺産を配偶者(妻や夫)に多めに譲るという遺言書を書く方法があります。つまり、夫が亡くなったとしても、妻に多めに(場合によっては全ての)財産を譲れば、子供たちは妻の言うことを聞かないと妻の遺言書で不利に扱われることになります。 実際にも、このような遺言書はしばしば見かけます。跡取り息子(娘)ではなく、配偶者(妻、夫)の取り分を多くすることで、残された配偶者への世話をさせることや虐待を防止する効果が期待できます。被相続人が遺言書の内容を家族に言い聞かせておくことも効果的であると思います。


トップへ戻る

ページのトップへ戻る