法律解説Q&A |預貯金は遺産分割の対象になるか

質問 預貯金は相続人の合意がなくとも遺産分割の対象になりますか。

回答 なります(最高裁平成28年12月19日決定)。


  1. 預貯金の扱い
    上記の最高裁決定の以前は、遺産分割の話し合いをするときに被相続人の預貯金も当然に含めていました。裁判所での調停でも同様でした。実際はほぼ全ての事件で預貯金を遺産分割の対象に含めていました。
    しかし、相続人の1人が拒否すると預貯金は遺産分割の対象とならなかったのです。それが最高裁決定の後は拒否する人がいても預貯金は遺産分割の対象になりました。
  2. 上記の最高裁決定の以前は、以下の理屈が成り立っていました。
    1. 預金は可分債権(分けることができる債権)である。
    2. 可分債権には民法427条(数人の債権者または債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者または債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、または義務を負う)が適用される。
    3. 民法427条は相続にも適用される(最高裁昭和29年4月8日)。
    4. よって、相続財産中の可分債権は相続開始と同時に相続分に分割されて各共同相続人が単独で有することとなる(最高裁平成16年4月20日)
    エの結果として、以前は各相続人が被相続人の有していた預貯金を自分の相続分について引き出すことができるとされていました。但し、銀行等の金融機関は基本的に相続人全員の署名・実印等がそろった書面がなければ引き出しには応じていませんでした。
    またエの結果として、理論上は相続財産の中の預貯金は遺産分割の対象とはなりませんでした。但し、実際は遺産分割の話し合いの際は預貯金も含めることがほとんどでした。
  3. 上記ア~エの問題点
    以上のとおり、理屈の上では、預貯金は遺産分割するまでもなく各共同相続人の相続分に従って分割承継されているので遺産分割の対象とならないとされていました。但し、実際の遺産分割の話し合いの場ではほぼ全ての場合に預貯金も対象に含めていました。これにより、遺産分割で預貯金は相続人の不平等・不公平を調整する機能を担っていました。
    ところが、預貯金を遺産分割の対象に含めたくない人がいると困ったことになります。例えば、①遺産の大半が預貯金で、②相続人のなかに大きな特別受益のある人がいる場合です。大きな特別受益がある人は遺産分割の対象に預貯金を含めることに反対します。特別受益の分だけ預貯金の取り分が減るからです。そういった場合に、預貯金には相続人間の利害を調整するために遺産分割の対象に入れるべきであるとの要請は無視されることとなります。
  4. 平成28年の最高裁決定
    実際にも平成28年の最高裁決定の事例は、①遺産の大半が預貯金で、②相続人のなかに大きな特別受益のある人がいた事例でした。大きな特別受益のある人は「預貯金は遺産分割の対象にはならない」と主張しました。
    これに対して、平成28年の最高裁決定は、預貯金は相続によって相続分に応じて分割されることなく、遺産分割の対象となるとしました。
    なお、平成28年の最高裁決定が変更したのは、上記のエのみでアからウは変更がないとされています。
  5. 実務への影響
    平成28年の最高裁決定は実務への影響が極めて大きいものです。預貯金が遺産分割の対象とされると、理論上は遺産分割が終わるまで預貯金は引き出せなくなります。実際は相続人全員の署名・押印があれば銀行は引き出しに応じると考えられますが、その理論的根拠がはっきりしない上に、署名・押印に反対する人がいると引き出せません。
    この判決以前には、被相続人(亡くなった人)の預貯金を引き出して通夜や葬儀の費用としたり、お墓を建てたり、被相続人が支払っていたローンの支払いを続けたり、生前に被相続人の扶助で生活していた人の生活費にしたりすることも行われていました。
    遺産分割が終わるまでには相当の期間を要することが多く、以上のことを考えると、この判決以降は遺産分割を長引かせようとする人が出ると、困ったことになります。その要請を受けて、すぐに法律が改正され、相続した預貯金については遺産分割前に一定額が引き出せることとなりました。


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