法律解説Q&A |相続放棄-再転相続人の熟慮期間の起算点

質問 先週、3年前に亡くなった父の債権者であるという金融機関から「伯父(父の兄)から相続した借金を支払え」とする請求書が届きました。伯父は事業で多額の負債を抱えたままなくなり、伯父の子、妻、親は順次相続放棄をしていました。それにより父が伯父の借金を相続していたのです(第1相続)。
伯父の相続放棄が行われているさなかに父は、伯父の相続放棄のことは何も知らないまま伯父の死亡の2か月後に病気で亡くなりました。私は父の財産を相続しています(第2相続)。この場合、私は伯父の相続(第1次相続)について相続放棄をすることができるでしょうか。

回答 できます(民法916条)。


  1. 再転相続人の熟慮期間
    質問の事案では、第1相続と第2相続のそれぞれについて、相続を承認するか相続放棄をするかの選択が問題となります。この点は民法916条に定められています。
    民法916条は「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条1項の期間(相続放棄の熟慮期間)は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」としています。これは第1相続に関する承認または放棄について、第2相続の相続人の熟慮期間を定めたものです。
    なお判例(最高裁昭和63年6月21日判決)・通説は第2相続で相続放棄した場合には、第1相続の承認または放棄の選択はできないとしています。第2相続を放棄した場合には第1相続の選択権を失うからであるとしています。
    質問の事案では第2相続を承認していますので、第1相続を承認するか放棄するかの選択が可能です。
  2. 916条の適用範囲
    質問の事例が916条の適用範囲かどうかは、最高裁令和元年8月9日判決が出るまで判例がありませんでした。最高裁の事案では相続放棄を認めて親が借金を相続したことを知らなかった質問者を救済する結論には地裁・高裁とも争いはないのですが、その理論が問題となりました。なぜなら、古い通説では916条を適用すると質問者を救済できないと考えられていました。
    古い通説は、916条の定める第1相続の熟慮期間は、第2相続の熟慮期間の起算日から始まるとしていました。第2相続の相続人は被相続人の全ての債権債務を調べて相続を承認するか放棄をするかの選択をするべきであり、第1相続のことも並行して調べるべきであるとの考えによります。

    しかし、質問の事案のように他人の相続放棄により第1相続で債務を相続したことを知らないまま第2相続が行われた場合には、第2相続の相続人に酷な結果となります。そこで令和元年8月9日の最高裁判決の原審の大阪高裁は、第1相続のことを知らないまま第2相続を承認した場合には916条は適用されず、915条の問題として第1相続の債務を知った時に第1相続の熟慮期間が始まるとの考えを採用しました。
    これに対して最高裁令和元年8月9日判決は916条を適用しました。916条の「相続の開始があったことを知った時」とは、第1相続の相続人としての地位を承継したことを知った時をいうとしました。つまり、第2相続で相続の承認をしたのちであっても、第1相続の債務を相続するかどうかの問題を知った場合は、そのときから相続を承認するかどうかの熟慮期間が始まるとしました。

    (最高裁令和元年8月9日判決の参考文献)
    判例時報2452号35頁、判例タイムズ1474号5頁、私法判例リマークス61号70頁、令和元年重要判例解説82頁、新・判例解説Watch26号117頁


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