法律解説Q&A |死後認知の価額請求の金額

質問 父は5年前に亡くなり、私と妹が相続人となりました。父の財産には約1億2000万円の賃貸用のマンションがあり、その建設のためのローン約1億円と併せて私が相続しました。父名義の実家の土地・建物や預金(約2000万円)を妹が相続しました。
ところが、父の死後に父の隠し子が認知を受け、私と妹に対して父の遺産の価額を請求してきました。彼は私の相続したマンションのローンを考慮せずに請求しています。その計算は正しいのでしょうか。

回答 民法910条の主張としては正しいです。ローン返済額は不当利得として彼に請求することとなります。


  1. 死後認知(民法910条)の価額の問題
    民法910条は「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときには、価額のみによる支払の請求権を有する」とします。
    即ち、被相続人の死亡後に認知されて相続人となった人は、すでに行われた遺産分割のやり直しを求めることはできず、金銭での請求しかできないとします。では、その「価額」の算定にあたっては、相続した債務は考慮されないのでしょうか。
    質問の事例では1億円もの債務があるため、これを考慮しない金額を請求されても、相談者やその妹は支払うことが困難です。一方で、借金も考慮に入れて計算すれば何とかなりそうです。
    このように民法910条のいう「価額」は相続債務も考慮に入れた金額として算定するべきではないかという問題が生じます。
  2. 最高裁令和元年8月27日判決
    この争点について初めて判断した最高裁判例(令和元年8月27日)は、民法910条の「価額」は積極財産のみを基礎として算定するとしました。
    民法910条は死後に認知された相続人は遺産分割のやり直しを請求できない代わりに金銭で請求できるとしたところ、相続債務は遺産分割の対象ではないから、考慮されないというのがその理由です。
    相続債務は民法899条(各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する)により、相続開始と同時に各相続人が相続分に応じて承継するため遺産分割の対象とはならない、との理屈です。
  3. では相続債務はどうなるのか?
    では、質問の事例でマンションのローンの1億円はどうなるのでしょうか。判例解説によれば、各相続人が相続分に応じて承継した債務を超えて支払った人は、その他の相続人に不当利得返還請求ができるとします。
    この結論には違和感があります。実際の遺産分割の話し合いでは相続債務も考慮に入れて話し合いが行われます。質問の事案ではマンションを相続した相談者がマンションのローンを支払うことで遺産分割がまとまっています。裁判所での遺産分割調停でも相続債務を考慮に入れて話し合いが行われることが通常です。法的には遺産分割の対象とはならないとしても、当事者が合意して対象に含めることは可能です。
    相続した預貯金も最高裁平成28年12月19日判決までは、法的には民法899条により各相続人が当然に分割取得するので遺産分割の対象とならないとされていましたが、実際にはそれ以前からほぼ全ての遺産分割の話し合いや調停で対象に含めてきました。
    このように考えると、相続債務を遺産分割の話し合いの対象とすることができるなら、死後認知の価額請求の場合には、相続債務を含めて裁判所が判断した方が合理的とも言えそうです。ローンを支払った都度、不当利得請求をするとなると紛争の1回的解決の要請に反します。
    実際の裁判の現場では、相続債務の面倒な処理を回避するために、相続債務を考慮した和解が成立することが多そうですが、認知された人がそれを拒否した場合には、この解決はできません。この場合、後の不当利得返還請求のときに、認知された人が財産を有しないことのリスクが生じます。そのリスクを考慮して、ローンを支払うべき人が相続分に応じたローンしか支払わないという手もありそうですが、実際上は困難です。それ以前に質問の事案のような場合には、現金での支払い自体が困難です。
    訴訟の時点で、相続後に支払ったローンの合計額の相続分による相殺を主張できることは問題ありません。しかし、将来支払う予定のローンとの相殺を主張することは最高裁判例でも認めませんでした。これを認めることは910条の解釈で相続債務を考慮することと実質的に同じです。
  4. 将来支払うローン合計額との相殺
    そこでローンの支払いを引き受けた人が事務管理の費用償還請求(民法702条)を根拠として、さらに将来の支払いによる事務管理費用も予め請求した上で、相殺を主張する方法も考えられます。
    しかし、委任関係にはないので受任者による費用前払請求(民法649条)はできないことからすると難しそうです。しかし、この主張を認めなければ、解決できない事案も出てきそうです。認めなければ、毎月のローンの支払いごとに訴訟を起こして請求の追加を繰り返す人も出てきそうです。
    但し、これは債務者どうしの問題です。債権者はローンの支払いを担当した者がローンの支払いができなくなった場合には、他の相続人に対して相続分に従った請求ができます(民法909条の2)。このことを考えると将来支払うローンによる相殺は認められそうにありません。当事者同士の話し合いがつかなければ、相殺扱いは難しそうです。
  5. 最高裁令和元年8月27日判決の参考文献
    判例時報2430号32頁、判例タイムズ1465号49頁、令和元年重要判例解説80頁、私法判例リマークス61・74頁、新・判例解説Watch26・121頁


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