質問 亡くなった父は複数の不動産を所有していて、賃貸マンションや賃貸アパートから月200万円以上の賃料を得ていました。遺産分割ではそれらの不動産は兄が取得して、私と弟は預貯金を取得しました。
父が亡くなってから遺産分割が成立するまでの間に発生した賃料が管理費を除いても約6000万円ありますが、それは遺産分割の対象となりませんでした。私と弟は兄に6000万円を相続分に従って各2000万円を分けるように要求したのですが、兄は不動産を相続した自分のものであるとして話合いに応じません。どちらの言い分が正しいのでしょうか。
回答 あなたと弟の言い分が正しいです。約6000万円の不動産賃料はお父さんの死亡後に発生したので遺産分割の対象とはなりません。それらは共同相続人が相続分に従って取得したものとして扱われます。
以上が最高裁判例の考え方ですが、判例がどの事案まで及ぶのかに争いがあるので、より詳しく事情をお聞きする必要があります。
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相続後に発生した賃料の扱い
金銭債権が共同相続された場合、法律上当然に分割されて(民法427条)、各共同相続人は法定相続分に従って権利を取得します(最高裁昭和29年4月8日判決)。これは死亡時に存在していた遺産について判例です。
死亡後に発生した賃料債権については、その後に最高裁判決が出るまで長らく争いがありました。最高裁判決は、死亡後に発生した賃料債権は各共同相続人がその相続分に総じて分割債権として確定的に取得するとしました(平成17年9月8日判決)。
これに対しては、学説では遺産分割の効力は相続開始の時にさかのぼるとする民法909条から、その不動産を取得した人が遡って所有者として賃料債権を取得できるとする考えも有力でした。質問の兄の考えはこの説によるものです。質問の兄がマンションのローン返済などを負担していて、賃料のほとんどがその返済に充てられている場合には、この考えも説得的です。
しかし、最高裁判例は遺産分割前に発生した賃料はその時点で確定的に各共同相続人が取得していて、後に行われた遺産分割の遡及効は及ばないとしました。この判例が存在する以上、質問の兄は遺産分割の時点できょうだいと何らかの合意をしておくべきであったというほかありません。
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判例の射程
問題はまだ残されています。上記の最高裁判例はどのような事案に適用されるのかという問題です。これを判例の射程の問題と言います。仮に賃料債権のほとんどがマンションやアパートの建築費のローンに充てられるとの事情がある場合にまで、判例の理屈がそのまま使えるかどうかが問題となります。
不動産を相続した長男はきょうだいに約4000万円の賃料を払えと言われても、そのほとんどがローン返済に充てられていて、全く支払えない状況であるかもしれません。相続税対策として不動産賃貸を勧める業者は多数ありますが、不動産賃貸で利益を得るというよりも節税だけが目的で利益がほとんどない、もしくはローンや管理費用を支払うと赤字であるという場合も少なくありません。
そういった事情を相続人全員が知っていて遺産分割をしたような場合には、遺産分割時に長男以外の相続人は賃料債権の請求権を放棄する暗黙の合意をしたとみなされる可能性もあります。
但し、最高裁判例の理屈からは、そのような救済を容易には認めないとも理解できます。相続後に発生した賃料は遺産分割の対象ではないので、何らかの具体的取り決めがない以上、各相続人に帰属するのが原則です。質問の事例では、兄が上記のような事情を主張しても認められない可能性の方が高いと思います。以上のことからは、兄の立場からは遺産分割時にそれまでに発生した賃料の扱いについても、別途合意書を作成しておくべきと言えます。